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2006.09.03.Sun

うつ病だったゆうとぴあ母は、発症してから半年ず~っと実家に
ゆうとぴあと居候してました。

医者からは「何もしなくても良いから、とにかく休むように」
と言われ、処方された薬を飲んでいた。

何もしなくても良いからって言われても、そのやる気が出ないから
何もする気力もないってば。

さらに処方された薬の副作用にこれに結構悩まされた。
神経質になっていたのかもしれないけど・・・。

こんな薬を飲んでてもちっとも良くならないのはなぜか?と
医師に詰め寄ったりして、薬を何度変えた事か。。。

トリプタノールという抗うつ剤、これは夜尿症治療のお薬だと言う
事でしたが、それが私にはあわずに泌尿器科にかかったりした。

さらには、食欲不振、摂食障害みたいな感じで食べてもすぐに
具合が悪くなって、2ヶ月で7キロも痩せてしまった。
内科を受診して過敏性大腸炎との診断を受け、それのお薬も同時に
服用。

何だか、本当に長いトンネルでした。
母曰く、あの頃は冬眠状態で一日中部屋の布団に入って寝てたじゃない?
って言ってたけど。

当然、ゆうとぴあの状態も最悪だった。

家族が多いのは助かったんですけど、(大人の数も5人と多い)
ゆうとぴあの従兄弟も一緒に生活してたので、彼らと我が子を比較
するのは辛かったな~。
今では良い、遊び相手になってもらってますが。

さらに、入園が決まってた園への入園も遅れてしまって一層母には
プレッシャーがのしかかった。
「この半年を無駄にしたとしても、まだ3歳。だから今は自分の
体調を治すのを優先させよう」って、辛いけど入園を延期した。

体調が少しずつ上向きになりつつあった頃に、医師にも何か家で
やってみては?とのアドバイスに母親が「夕飯にとん汁を作って!」
と言い出した。

たかが豚汁くらい、どうってことないのにってのは何でもない時に
考える事。
でも、それが病気の時は、違った。
包丁をなるべく使わない生活をしていたので。
記憶力の低下なのか?
豚汁の作り方が、まったく分からない状態で、材料をどうやって切るのか?
とか今では信じられない状態で、作業を進めていた。
結局嫌々ながら作ってて、出来上がったら2時間もかかっていた。
と言う忘れもしない思い出もある。

相変わらず夜も眠れず・・・。睡眠薬のお世話になっているのに
寝つきが悪くて量を増やしてもらった。

2週間だけ東京に戻って、母親付きっ切りの元でゆうとぴあを
ちょこっとだけ通園させた事があった。

その時の当時の担当の先生の前で号泣した記憶が残っています。
2週間だけで、またすぐに実家に戻る。

そこからまた調子を崩して夏を迎えて・・・・。
夏休みの後半で、もうちょっとがんばってみようということで
再び上京。
義理の母に住み込みで、あれこれ手伝ってもらった。
一ヶ月以上はそんな生活をしていたのですが。

実家のかかりつけの病院から、投薬のみはこれ以上は出来ないので
一度診察にいらしてくださいとのことで、秋が終わった頃に久々に
二人だけでゆうとぴあを連れて、実家に戻った。

その頃、何だか祖母の体調も優れずに、祖母の話を聞いてたら
苦しいのは私だけじゃないんだ、ばあちゃんも大変なんだって
事で、なぜかこの時から、回復期に入ったような気がする。

実は実家に一時戻る前から、あんなに眠れなかったのに睡眠薬が
効き過ぎてて逆に朝起きられないという事態にも陥っていた事を
医師に話したら「なら、辞めてみたら?辞めて眠れるのなら飲まなくて
も良いから。眠れない時にだけ飲むように変えたら?」と言われて
そうした。

冬を越え、春を迎える頃にはすっかり薬も不要なくらいに回復。
ゆうとぴあのお友達の、お母さんにもとっても助けられた。
本当にあの頃は楽しかったと思える思い出もあるし。

今、その仲良くしてもらっていたお母さんの中の一人が私と同じ
ような状況になっているが。。。。
もう一年以上彼女に会ってない。。。どうしてるかな~。


私が病気になって、家族には本当に迷惑をかけたと思うし
それ以外の親戚の方にもお世話になった。
自分ひとりの力ではきっとどうする事も出来なかったのでは?
それにしても、恵まれてた環境だったと思う。
さらには、前出のママ友達にも・・・。

一番は、ゆうとぴあにかなり影響を及ぼしてたんじゃないかな?
と改めて思いました。

うつ病は、誰にでも起こり得る事。
ちょっと心が疲れて風邪を引いている状態だと医師に
言われた事がある。
風邪はいつかは自然と治るでしょ?うつ病も同じなんだよ。

って・・・。(そんな事簡単に言わないでよ~って思ったけど)
でも、薬は上げ底に過ぎない事、一番はやっぱり自分の気持ちの問題
なんだと言う事を、東京でかかった病院の医師に言われた。

ちょっと落ち込むこともたまにはあるけど、でもあの時の経験は
貴重な経験だったと思うようにしています。
回復に何年もかかる方もいると聞いたときは絶望的だったけど
運良く一年と言う短期間で回復できた事に感謝、感謝です。

Bye-Bye♪|/// |(ω・。)ノ"| ///|ウィーン
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